『鋼の錬金術師』監督が語る、中国アニメ『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』ロングランヒットの訳中国アニメ『羅小黒戦記』ヒットの舞台裏【中編】(1/5 ページ)

» 2020年05月22日 05時00分 公開
[伊藤誠之介ITmedia]
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 『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』というタイトルのアニメ映画が、東京都内のミニシアターで、2019年9月から劇場を替えつつロングランを続けている――。記事の前編である異例のロングランヒット、中国アニメ『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』の舞台裏に迫るでは日本配給を手掛けたチームジョイの白金氏に同映画がロングランヒットを続けている要因を聞いた。

 今回の中編ではアニメーション監督で本作の制作スタッフとも交流のある、アニメーター・アニメ演出家の入江泰浩氏に『羅小黒戦記』の魅力と、日本で人気が広がる過程について聞く。

 一部アニメ雑誌の記事でも発表されているように、『羅小黒戦記』は現在のミニシアターによる劇場公開だけでなく、今後は日本の大手アニメ関連企業をパートナーとして、日本語吹替版による再展開が予定されている。

 詳細は改めて告知されるとのことだが、かなり大規模なものになりそうだという。こちらにも期待したい。

phot 『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』の一コマ。映画館の営業が再開した劇場では、応援してくれているファンに感謝の意を示すため、しおりの入場特典を配布しているという(以下、チームジョイ提供)

作画だけでなく「感動できる作品」になっていることに衝撃

 先述した入江氏は『KURAU Phantom Memory』『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』などのTVアニメで監督を務めているほか、多数の人気アニメ作品に作画などで参加している。また、一般社団法人 日本アニメーター・演出協会の代表理事として、アニメ制作者の労働環境をはじめとする諸問題に対しても、積極的に発言をしている。

 記事の前編で『羅小黒戦記』の日本配給を担当しているチームジョイの白金氏が「アニメのプロが本作を口コミで広めてくれた」と語っていたが、その筆頭ともいえるのが入江氏である。そこで入江氏には、日本のアニメ関係者から見た『羅小黒戦記』の魅力と、日本で人気が広がる過程について聞いてみた。

 また入江氏は19年12月に、『羅小黒戦記』を制作した北京のアニメスタジオを見学に訪れたとのことで、本作の具体的な制作背景についても語ってくれた。

phot 入江泰浩(いりえ やすひろ)1971年生まれ。アニメーター、アニメーション監督。 監督作品として「エイリアン9」「KURAU Phantom Memory」「鋼の錬金術師 Fullmetal Alchemist」「CØDE:BREAKER」「灼熱の卓球娘」「EDEN(Netflixにて配信予定)」がある。現在、2021年放送予定のテレビアニメーション作品を監督、制作中。2013年〜2014年にかけて漫画「ハロウィン・パジャマ」をコミケ、コミティアで発表。同作は現在AmazonにてKindle版スペインの出版社のサイトにてスペイン語版を展開中。一般社団法人 日本アニメーター・演出協会(JAniCA)代表理事

――入江さんは日本で公開される以前から、『羅小黒戦記』のことをご存じでしたか?

 中国で公開される1〜2カ月ぐらい前に、Twitter上にアップされた予告編を見た程度ですね。その時は、「今までの中国のアニメーションとは、少し違った毛色の作品が作られたんだな」ぐらいに思っていました。

――具体的には、どういったところが違っていたのですか?

 中国のアニメーションは、1970年代に『ナーザの大暴れ(ナージャと竜王)』といった伝統的なスタイルの作品があって、そこから絵柄が更新されないまま、近年の作品へと一気に飛んだ印象があるんです。しかも「近年の作品」と言っても、最近の中国のアニメーションは、日本のアニメが好きで、比較的線の多い日本のアニメーション的なデザインで作っているんだなと感じていました。

 ところが、『羅小黒戦記』はとてもシンプルな線のキャラクターデザインで、存分に動かすという方向に舵を大きく切ったタイプ。日本のアニメーションや、中国で最近作られるようになった日本的なアニメーションとは違う、むしろGOBELINS【※1】やCalArts【※2】といった美術学校の学生たちが作った映像に近いという印象を覚えました。

【※1】ゴブラン、フランスの名門アニメーション学校「Gobelins, L'Ecole de L'Image」のこと。ミニオンズで知られる『怪盗グルー』シリーズのピエール・コフィン監督など、多くのクリエイターを生み出している

【※2】カルアーツ、「California Institute of the Arts(カリフォルニア芸術大学)」の略称。ジョン・ラセターやティム・バートン、ブラッド・バードなど、ディズニーやピクサーの大ヒット作を手掛けたクリエイターの多くが、この学校の出身である

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――映画を見たのはいつ頃ですか?

 日本で公開された翌日だったと思います。会場自体は満席で、中国の方たちがとても多かったと思います。細かいギャグにも、間髪入れず場内が爆笑で沸いていて、中国のお客さんはこういうリアクションで映画を見るんだなと、そちらの印象も強かったですね。

――実際に見た感想は?

 正直、なめていました。「中国の新しい世代の作画をちょっと見に行こうかな」ぐらいに思っていたら、もちろん作画自体も想像以上だったのですが、何より物語がとても感動できるもので。「まさか、ここまでのものを見せられるとは!」と驚きました。ある程度期待して見に行ってはいたんですけど、その期待をはるかに高く飛び越えたものを見せつけられた、という印象でした。

――演出の面はいかがでしたか?

 キャラクターの感情の流れをとても丁寧に紡いでいると感じました。何気ない目線や表情の1つ1つが、ちゃんと意味を持っていて。それが押しつけがましくないので、見ている瞬間は特に気付かないんですけど、それらが結びついて最後のシーンで大きな感動としてつながってくるんです。

 とにかく、他の人に薦めても9割以上が楽しめると、薦める側が確信できる作品だと感じました。実際に私自身も、Twitterで「間違いなく楽しめるから」とツイートしたので。

――入江さんが感想をツイートすると、いろいろなところから反応があったと思うのですが。

 ネタバレしたくなかったので、私も当初は作画面でアピールするようなツイートをしていました。ですから、同業者やアニメの作画に関心がある人たちが反応していたと思います。「全編松本憲生かと錯覚する」とツイートしたら、「それは誇張しすぎでしょう」といった感じのリアクションでしたね。

 松本憲生さんというのは、とても丁寧でカッコイイ作画をされるベテランアニメーターの方です。業界人だけでなくアニメの作画に興味のある人にまで、松本憲生さんのお名前が広く知れ渡るようになったのは、『NARUTO -ナルト-』というTVシリーズですね。この作品で松本さんが担当していたシーンは、TVシリーズとは思えないぐらいカッコイイ動きがずっと続くと話題になりました。

 しかも松本さんはアクションシーンだけでなく、日常芝居もとても丁寧でうまい方なのです。『羅小黒戦記』もアクションシーン以外の部分、立ったり座ったり会話したり、というところもすごく丁寧に描かれていましたので。そういう意味では、トータルでレベルの高い素晴らしい作画をできる松本憲生さんが、まるで全編やったんじゃないかと思わせるような作品でしたね。

――そういった入江さんのツイートをはじめとする口コミによって、当初の公開予定を超えて、観客が日増しに増えていったと思うのですが?

 アニメーターかいわいのリアクションとしては、「本当に全編松本憲生だった」というリアクションもありました。けれど、そうやって作画面での口コミから見に行った方も、「映画として感動できた」という、そういう反応もすぐに見られるようになりました。

 映像だけスゴければ「いい作画アニメを見た」とか、そういう感想だったと思うんです。ところが「感動できる作品」となった時点で、むしろ「ヤバイな」と。中国でこういう作品が作られてしまうのなら、日本は追い付かれちゃうんじゃないか、いやすでに追い越している作品なんじゃないかと、そういう印象を受けた人は多かったようです。

phot 入江泰浩が手掛けた漫画「ハロウィン・パジャマ
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