守りを固めたドコモ──KDDIの巻き返しはあるのか2008年の通信業界を振り返る(1)(1/4 ページ)

» 2008年12月26日 23時55分 公開
[房野麻子,ITmedia]

 2008年の通信業界は、2007年後半の流れを引き継ぎ、ドコモが競争力の高い端末ラインアップを展開しつつ顧客満足度を高め、守りを強固にした。一方、2007年後半からその勢いに陰りが出始めたKDDIは、魅力的なサービスや端末でユーザーを驚かせることができず、巻き返しが図れないまま2009年を迎えようとしている。

 両者の勢いに差が付いた要因は何だったのか。そして2009年にドコモとKDDIはどうなるのか。ジャーナリストの神尾寿氏と石川温氏に聞いた。

PhotoPhoto ジャーナリストの石川温氏(左)と神尾寿氏(右)

番号ポータビリティで一番勝ったのはドコモ

ITmedia 2008年のキャリアのトピックとしては、ドコモが4月に「新ドコモ宣言」を発表し、コーポレートロゴも刷新して、技術志向から顧客志向の経営へとかじを切ったことが大きかったと思います。実際、2008年冬モデルでは幅広いユーザーに向けた豊富なラインアップを展開し、提案力のある商品をそろえました。解約率も過去最低レベルに低下しています。

 これとは対照的に、2007年前半まで非常に調子がよかったKDDI(au)は失速し、今年は1年を通してあまり元気がありませんでした。各社とも、契約数は依然純増を続けていますが、単純な右肩上がりの成長はもはや期待できない中で、今後どうなっていくのかといったことも考えながら、2008年を振り返っていただきたいと思います。

 まず、NTTドコモに関して2008年の印象はいかがでしたか? 

石川温氏(以下敬称略) やはりドコモは宣言しないといけない会社なんだな、という印象を持ちましたね。「ドコモ2.0」然り、「新ドコモ宣言」然り、「アンサー」然り。会社組織が大きいですし、社内がまとまりにくい状況もあるでしょうが、とりあえず何か言ってから動き出す、という印象です。そのあたりが、ユーザーからすると白けてしまう部分はあると思いますね。

 去年のドコモ2.0は突拍子もなくて、今回のアンサーや新ドコモ宣言は、派手さはないけれど、目立ちもしなかったなという印象です。ただ、地方を中心にユーザーは戻ってきたようで、復活の兆しはあるので、2009年は見ものかな、という気がします。

神尾寿氏(以下敬称略) ドコモはこの1年を上手に切り抜けたな、というのが率直な印象です。ドコモは圧倒的な稼働シェアを持つので、新規ユーザーを他キャリアよりも取る必要がないし、極論を言えば、他社からポートイン(番号ポータビリティによる流入ユーザー)を取ってくる必要もない。“守り切れば勝ち”なんです。一般メディアは、ドコモは苦戦しているという論調で報じていましたが、最終的には、番号ポータビリティ(MNP)で一番勝ったのはドコモでしょうね。11月は解約率が0.3を切ったそうですし、MNPのポートアウトも1000件程度です。

 ドコモはユーザーのロイヤリティの向上に成功して、ユーザーが流出しない構造を作りました。実際、商品力は上がって、エリアもよくなっています。対外的なイメージと社内的な危機感を煽るような空気を作った上で、社内改革をしっかりやり、それが形になって表れたから、ここにきて成績がよくなってきているのだろうという気がします。

 MNPの開始直前はFOMAのエリアが完全に整っていないという課題がありました。またMNP開始後は“苦戦している”というイメージの中で、社内総動員体制を作ってエリアを整え、その後の競争においても、社内をしっかりまとめて、顧客満足度を上げました。

 これらを考えると、ドコモはMNP移行の流れをうまく使ったと思いますね。MNPと総務省モバイルビジネス研究会の動きもうまく使って、分離プランの導入や販売チャネル改革の布石もしっかり打っています。社内にもステークホルダーにも、反発が出そうな要素は結構あったのに、外からの影響でそうせざるを得ない、という受け身の状況で反発を受け流している。「競争環境の厳しさ」や「外圧」というイメージを作りながら、ドコモが一番得をする形で社内改革をしたというのがこの2年間ですね。

 そして、それがユーザーのメリットにもつながってきている。エリアが充実し、料金プランも他社より圧倒的に安くはないにしても、見劣りはしないレベルになっています。端末ラインアップもそう。今後スーパー3Gに向かう上で、一番重要な足場固めを、外的要因をテコにして、しっかりと作り上げました。MNPの導入と、総務省のモバイルビジネス研究会の動きで一番得したのはドコモでしょうね。他社との競争力で見ても、ここまでドコモの守りが固まってしまうと、他社は太刀打ちできず、2位以下の競争をせざるを得ないという状態になってきました。MNP導入で総務省が狙った稼働シェアを変えようという動きは失敗に終わったと思います。体良く、総務省の動きが利用されたんだな、というのを感じます。

石川 総務省の計画や考えよりも、キャリアが一枚も二枚も上手だったという状況になっているし、キャリアばかりが得をして、メーカーが疲弊しているという状況ですね。おそらく、ドコモのどこか深いところで、そういう考えを持っている人がいたでしょうし。上手いこと回っているんだろうなと思います

神尾 一般メディアは、携帯電話業界が厳しいと見ていますが、実際にはキャリアの利益率は上がっているんです。少なくともドコモに関しては利益が大幅に上がって、しかも次の世代に投資できる状況で、非常に余裕が出てきています。また、社内の人員配置の合理化もできているし、1社化も成功しました。本来なら1社化なんて簡単にはできなかったはず。やはり、外的要因をうまく使ってドコモの社内改革が成功した。逆にいえば、他のキャリアや総務省が、ドコモの改革の手助けをしてしまったという見方もできますよね。

石川 そうですね。

神尾 とにかく、この1、2年の動きで一番得したのはドコモだと思います。

PRIME、STYLE、SMART、PROの“4つのシリーズ”は成功するか

石川 ドコモが一番得をしているというのは同感ですね。ただ、内部的には非常にうまく回っていると思いますけど、見せ方がまだまだ下手というか、よく分からないという印象です。2008年冬モデルの(PRIME、STYLE、SMART、PROという)4つのシリーズも、一般ユーザーからすると、結局どれを選んだらいいのかが全然伝わってこない。

 ショップの店員さんに話を聞くと、「PRIMEはとりあえず90xシリーズの流れを汲んでいて……」という説明をします。あくまで90x、70xシリーズがベースにあることを考えると、もっと違うやり方でもよかったんじゃないかという気がします。90xシリーズは、若い人にとってブランドとして確立していたので、あれをベースにもっと別のやり方をした方が、今までのドコモの強さも生かしつつ攻めて行けたんじゃないのかな、という気がしています。

 4つに分けたはいいけれど、今後もあの4つをきっちり分けたまま、数年間ラインアップを作り続けていられるのか、メーカーとして4つのセグメントに商品を作っていけるのかというのは、興味深いポイントだと思います。「結局、アレとコレって一緒じゃん」ということにならなきゃいいなと思います。

神尾 一般ユーザーの視点で見たときは、4シリーズに分けたコンセプトと端末がまだ一致していないというのは事実だし、店頭での競争力があるかといえば、まだないと思います。しかし、その一方で、ドコモには端末開発の間引きをしたいというニーズが強くありました。4つのシリーズにしたことによって、売れないものや、売れにくいメーカーが見えやすくなったんですよ。例えば、プールの中に石がいっぱいあったとして、邪魔な石を取り除きたかったら、水位を少し下げれば目立つのと同じことです。90x、70xの2ラインアップでどんどん端末を出していた時代には、端末のリストラがしづらかったわけです。「90xシリーズが2機種じゃ足りないでしょ」といわれちゃうと、売れない端末も作らざるを得なくなるし、責任を持って調達せざるを得なくなります。

 それが4シリーズ化でセグメントごとに分散させると、「PRIMEは前回売れなかったから(売れたメーカーの)2機種でいいよね」と言いやすくなるんですよね。4シリーズあれば、その中で売れる端末、売れない端末が出てきて、自ずとやっていけないメーカーが出てきます。たとえドコモがやめろと言わなくても、メーカー側が「もうやっていけない」と音を上げて、自発的に引き揚げていくでしょう。そうやって歯こぼれしていくような形で端末が少なくなっていき、ドコモの端末開発コストや調達コストが安くなる。販売チャネルと端末開発体制の改革は重要なミッションになっていますので、全体的なコスト削減の中で、今後あの4シリーズは機能してくるのかなと見ています。

 当然ながら、日本のメーカーの中には(製品投入を)続けられないところも出てくるでしょう。現に、PRIMEシリーズは開発コストから期待されている販売数ほど売れてないと聞きます。PRIMEはメーカーとドコモの負担が大きいシリーズなので、このままいくと、いくつかのメーカーが音を上げずにいられないようになるかもしれません。そうすると、PRIMEに端末を出せるメーカーが1、2社くらいになって、その穴には海外メーカーの端末を持ってきましょうとか、Androidのようなソフトのコストが安いものを入れましょうということになる。全体コストを下げつつ、柔軟に端末の最適配置をする、そういう仕掛けを作ったんだと私は見ています。

 ユーザーにとってメリットがあるかどうかは別問題です。ただ、ユーザーも端末を買っていないわけですから、あまり買われないシリーズや端末については、需要がなかったんだ、という判断がしやすくなるという意味でも、4つに分けたのかなという気がしますね。

石川 いろいろな方面から聞いた話の中には、この1年間70xシリーズが全然売れなかったから、そこをぼかすために4つにしたという話もあります。ぼかしというのは的を射ていると思いますが、ただ、将来的なことを考えると、スペックが同じになって、ラインアップが総PRIME状態になるのかなという気もしているんですよ。そうすると、機能的にはみんな同じだけど、スタイリッシュなものにするのか、ビジネス向けに振るのかといったところで、いかに差別化していくかがメーカーに求められてくる。逆に、もしかすると、脱落するメーカーが増えていくうちに、そのシリーズだけぽっかりと何も出ない、という状態も起きかねないと思いますね。

神尾 個人的には、ニーズがないのであれば、春、夏、冬の3商戦期すべてに律儀に全シリーズを投入する必要はないと思いますね。穴があってもいいと思います。今までのように潜在需要がドンとあるわけではないし。クルマの世界でも、全然売れなくて車種が減っているセグメントがあります。売れるところにはたくさんの端末が投入されるし、売れないセグメントにはとても少ないか、もしくはまったく出ないというのも、自然な流れですので仕方ないことなのかなと思いますね。

 むしろ、今までのように、3商戦期に90x、70xシリーズで律儀に新しいモデルが出ていたことの方がおかしいともいえます。それはユーザーが買う/買わない、売れる/売れないを無視した端末の出し方、“プロダクトアウト”な考え方なんですよ。そこで無駄に開発コスト、販売コストとしてお金が使われていたわけです。適正化でコストが下がって、その無駄なお金が次のインフラのための投資に回るとか、顧客満足度向上のために別の形で使われるのであれば、その方がいい。売れない端末まで調達する必要はないですから。

 結局、売れなかった端末分のお金をキャリアが負担して、それが回り回ってユーザーの負担にもなっていたわけです。買うときの不公平もあったわけですが、売れない端末の損失補てんの不公平も確実にあったんですよ。だったら、ラインアップ数が減るにしても、自然淘汰が働くようになった方が、長い目で見ればユーザーにとってプラスだと思います。メーカーにとっては当面は苦しいと思いますが、これからは少数でもクオリティの高い端末で競争していってほしい。

石川 そうですね。ただ、この状況を見ていると、ラインアップ数が減っていくのか、増えていくのか、よく分からないですね

神尾 それは、例えばソフトバンクモバイルの「NEW PANTONE 830SH」のようなモデルを、ラインアップが増えたと見なすか、見なさないかで変わってくるのと同じだと思いますけど(笑)

 私がちょっとおかしいと思うのが、先代からの部品流用率が、ケータイはすごく低いことですね。車だとニューモデルでも先代モデルから70〜80%くらい流用しているものもあります。サプライヤーを通じて部品レベルの社外共通化もしています。技術革新はとても重要ですし、私も支持しますが、その一方で開発・生産コスト抑制の取り組みが、(ケータイは)他の産業に比べるとやや甘いのではないかと感じています。例えば、今よりも部品の世代間共有率を上げても、ソフトウェアやサービスに軸足を置くことで、イノベーションはもっと進められると思うのです。

 今の日本の携帯電話メーカーは最大手のシャープを筆頭に、やはり「ハードウェアによる革新」に頼りすぎているのではないかと思います。要素技術としてのハードウェアの先進性・進化は確かに重要ですが、今後の日本市場そしてグローバル市場で競争するのならば、ソフトウェアやサービス、デザインなどとバランスを取りながら、“可能なかぎりコストを抑制してイノベーションを起こす”発想が必要になると思います。

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